「胆力」
1月末から急に大きな事態に発展していきました「コロナウイルス感染」
3月1日の時点で、事態が終息どころか、まだそれが見えない状態であります。
明けない夜はないように、これもどこかで終焉を迎えると思いますが、それでも先が見えない怖さを実感しているのは日本国民だけではないところです。
非常事態という言葉も、経営をしていると、日常に起きる出来事だと思うことも多く、「100年に一度の〇〇」と言われるようなことも振り返ると10年の一度くらいやってきているような気がします。(そもそも第二次世界大戦が終戦したのもまだ100年経過していないわけなので・・・)
「10年に一度の〇〇」も、まあ3年に一回くらい・・・いや毎年のように何かあるし、「平成の怪物(逸材)」も考えてみれば結構たくさんいるなあ~と・・・
それだけ、私たち人間、とりわけ日本人は平時であることが、他の諸外国と比較して当たり前になっているのだと思うわけです。
それがゆえに対応、対処も遅れたりする・・・という事態も多いのかもしれません。
ともあれ、今は有事そのものであります。
ホロ社においても3月決算を控え、ラストの追い込みといった矢先に冷水をかけられたような心地であります。
少し厳し目の決算になりかかってただけに、それを相撲の取り組みで例えるならば「土俵際で寄り切られた(ないしは寄り倒された)」といったところでしょうか・・・
しかし、経営は、いかに社会情勢がどうであろうと、道理に合わない現象が起きようと、それを容赦してくれるということはありません。そもそも、自然現象や摂理に立ち向かって勝てる人間などいないわけです、
大事なことは、いかに自然現象や摂理に寄り添いながら、その最適、最善なポジションを自ら設定し、そこに身を置くということしか出来ないのだと思うわけです。そのためには、経営者は常に「土俵の真ん中で相撲を取る」ないしは、「土俵に追い込めるところで相撲を取る」イメージをして、そのための日々の精進が必要なのだと改めて思いました。
換言すると、企業においては、利益や資金などの財産を持ち合わせていること・・・つまり「懐の余裕」それが「心の余裕」につながる・・・すなわち「物心両面の余裕」・・・これは両建てなのだと思います。
そんな状態になっていることが経営を安定させることの要諦です。
勿論、経営が安定していると、そこに帰属している社員の人たちも、仮に仕事ぶりや役割に必ずしも満足しなくとも、置かれている状態については余裕があり安心して仕事ができるということになります。
当たり前ですが、余裕がある方が、ないよりも遥かにたくさんのアイディアや発想を生み出す土壌があります、だからこそ、よい社風になっていく条件のひとつと言えると思います。
今回の事態で、土俵際に追いつめられる状態であればあたふたするしかありませんが、土俵の真ん中であれば、この事態を乗り超えた後の戦略を立てる余裕があります・・・つまり、打ち手が増えるし、その発想が湧き出てくる土壌があります。
土俵の真ん中で相撲を取っていれば、今回のような事態が起きても、まだ土俵際に追い込まれるところで踏みとどまることが出来ます。
また土俵際に追い込んでいる状態であったのであれば、今回の事態では、まだ土俵の真ん中くらいに押し込まれますが、それでもがっぷりよつくらいでとどまれます。
だから、本来は常に土俵の真ん中で相撲を取る姿をイメージされていることが優れた経営者の姿なのだと反省させられています。
これまで、長年生き残り、勝ち残っている先輩経営者の多くは、たくさんの至難、困難を乗り越えた軌跡の話があります。
それに感動したりして、それを自身になぞらえたりする経営者も多く(私もそのひとりかも💦)いるわけですが、裏を返してみると、その至難・困難を乗り越えられなく消え去ってしまった経営者の方がはるかに多いはずなので、それがなければ成功しない・・・というのが幻想なのだと思います
成功する人は様々な至難・困難を打ち破っていくだけの力・・・「胆力」があるのだと思います。
「何か問題が起きても、尻込みしたり恐れたりしない精神力」
これが「胆力」だそうです。しかし、その胆力も余裕があってこそ養われるのでもあると思います。
優れた経営者には、怖がりが多いと言うのを聞いたことがあります。
倒産する怖さがあるから、常に土俵の真ん中で相撲を取ることを普通の感覚になっているわけです。
だからこそ、ここぞ!というときのチャレンジもできる。
それは無謀なチャレンジではありません。
何か問題が起きても、尻込みしたり恐れたりしない土壌(土台)があることが肝心なのだと・・・
今回のような有事において、どんな業界、業種においても好転するところはないわけですが(マスクをつくっている会社は儲かりますけど・・・)、その業績の良し悪しが、今回のようなある意味自然現象・摂理の中で起きる天災、イベントリスク、または景気の浮き沈みなどで対応できなくなるようであれば、もはや経営者というのは不要です。
社長は、何のために存在しているのか?
経営者の力量や資質は、このような時こそに浮彫りにされるのだと改めて実感しています。
ホロ社も土俵の真ん中で相撲を取らなくてはいけない課題を突き付けられ、経営を見詰め直す大きな転換期です。
期末になるこの時期、毎年繰り返しのように「転換期だ!」と言っているような気がしますが、まさにそこに直面しています。
今場所(今期)は負け越しということになるのかもしれません。
しかし、それを糧にして来場所の勝ち越しで終えるためには、常に稽古をして心身共に鍛え、体力、知力、そして胆力もつけ、多くの見えない自然の力に向き合っていく覚悟で臨んでいく姿勢を改めて、新たに持っていきたいと思っています。