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天然知能~会社の理念の意義が高まる時代へ~

ホロニック創業30年まであと3年。

統計の仕方によって違いはあるようですが起業して30年生存している率は0.03%(1万社中3社)だそうです(10年の場合は6%)。

相当な確率ですが、その生存率が低い理由は月並みですが

「市場の変化と競争激化」「資金繰り悪化」「後継者問題」「経営モデルの陳腐化」

長く存在する理由のひとつに「変化への適応とイノベーション」

とありました。

イノベーションと言えば、この30年近く、ほぼ国内経済は成長なくバブル後の平成時代を「失われた30年」と言われたりもしていますが、それでも情報通信分野(IT)では目覚ましい発展が起き、最近ではAI(人工知能)がほぼこれからの成長分野一択!とまで言う専門家もいます。

新聞の経済記事、テレビの報道などではAIという言葉で出てこない日がないほど飛び交っています。

「AIで仕事がなくなる」という未来への不安を新聞雑誌は煽っていますが、30年前の主語は「IT」、それ以前は「ロボット」という言葉でした・・・数珠つなぎのように言葉だけがすり替わっています。

目下、日本では仕事がなくなるどころか空前の人手不足・・・今後、少子化・高齢化の加速などとも相まって移民の受け入れなどをしていかなければ労働人口を確保できず国内経済の成長が叶わない、また労働生産性を高めていくためのDXを促進していく必要性も問われています。

労働力(手)の需要は高まる、だから、それをカバーする(であろう)AIやDXなどのテクノロジーの発展の機運が高まる現象、まああっさり言って「省力(人)化の必要性」ですが、そこでAI(人工知能)は大変有効なツール(道具)になるわけで、その進化が人による労働力を搾取していく(であろう)という論調。

つまり、「AIは人(の力)を凌駕する」ことで「ヒトVS AI」といった構図が囃し立てられているのだと思います。

歴史を振り返ると、かつて、「誰(何)よりも足が速い」「誰(何)よりも力持ち」であることが人の価値だった時代がありましたが、18世紀半ばからイギリスで起きた産業革命によって技術革新とそれに伴う社会構造の大きな変化で工業生産が飛躍的に増大し、人力の代替を機械が行う社会になって以降、機械は「人を凌駕する」現象が起きました。

移動手段は人力から馬車、そして車や鉄道、飛行機へ、、、、車より速く走る、飛行機より高く飛ぶ、ブルドーザーより力持ち、、、現代社会でそんな人はいませんので、そもそも「人を凌駕する」からこそそのようなツール(道具)が世紀を超えて重用されているわけです。

今「AIが人を凌駕する」みたいな文脈と照らし合わせると、そもそも人を凌駕するような技術だからこそ価値や意味があるわけでそうでないものは消えていったわけです。

だから「AI VS ヒト」という議論自体とてもナンセンスなのではないかと思います。

人工知能(AI)・・・という「知能」という「体力」や「知力」とは次元が違う能力だということがいささかこれまでと「違う感覚?」があるのかもしれません・・・

しかし、人工知能も文字通り人間が作り出している(人工)ものですから、真の知能となれば、既にある「知見」以上の「知恵」を新たに生み出していけるかというとそうではありません。

解のある問いを来るだけ早く、正確に答える力は人を凌駕することが出来ますが、では下記の図にあるような問いを出したらどうこたえるでしょうか?

これに対する正解というものはありません。

それぞれの人がそれぞれの立場で、その場面、環境によってそれぞれの論理や感情によって正解を決める(選択する)しかないのです。

AIは問いを立てることは出来ません、問いに対して過去の事例や判例を選別したり、編集したりして正確な回答を導き出すだけです。

当たり前ですが、AIには感情や情感などありません・・・欲望や意志、喜怒哀楽、好き嫌い・・・などもない

心を揺さぶられることも、折れることもない、そもそも心はありません。。。。

なので、思想や哲学、倫理観、信念などはありようがない。

そこで、経営の話です

経営する上では様々な判断をする場面があります・・・判断をするためにAIは有効になるように思います

しかし、(難しい)決断しなくてはいけない場面では、AIはさほど機能を果たしません

判断と決断は意味が違います

前者は文字通り「判る」(選択)わけですが、後者は「決める」(意志)・・・その違いです。

上記の図に対しては「決め」しかありません。

そこには意志、ないしは思想が要ります。

それは「その人」に拠ります。

企業経営であればいわずもがな経営者の役割です。

その要諦が「理念」です。

AIやITの進化によって便利な時代になっています・・・

一方それだけ、生きていく上で目の前の困ること(問題)は劇的に減っていますが、しかしその分、複雑な、深刻な社会問題がどんどん増えていくように感じます。

経済格差問題、原発と自然環境問題、少子高齢化社会の未来、個人生きがいやりがいの指標など、

多様性を受容することを求められてきている昨今ですが、それが求められ続ければ益々、難しい問題が増えていくはずです。

それはたったひとつの正解がないということですから、決断する場面に直面した時に必要なのは倫理観を持った信念や思想からの理念だと思うのです。

かつて、私もサラリーマン時代や起業して間もない頃は企業の理念とかビジョンがどれだけ大切かなどという実感はさほどありませんでした・・・

経営の神様と言われた稲盛和夫氏が成功した上でもなお「経営者としてやってきたことは理念を高め続ける日々」と言い続けてきていたことの意味が当時よく理解出来ていませんでした。

しかし、人口知能(AI)と言われるツールが人と「VS」という構図で語られるくらいの進化を遂げる時代だからこそ、人工知能ではなしえない人の資質というものを磨くことの必要性、重要性を再認識していくことが大事なことなのだと強く感じています。

それが「問いを立て、答えを模索し、決断する」

勿論、企業経営という領域だけでなく、AIの進化によって人が人でなくては出来ない仕事、手技はなんであるかを時代や市場の変化を捉えてひとりひとりが自らの頭で考える、問いを立てる力が不可欠になるということだと思います。

ホロニックが掲げる理念に「いきがい、やりがい、働きがいに溢れる社会創りに貢献する」があります。

会社は、理念を礎にそれに向かっていける人達の「社」(やしろ)です

皆さんにも是非「問い」を立てて欲しいです

なんのために働くのか? 会社とはなんなのか?

仕事とは何か?遊びとは何か? どちらが大切か? 今時でいえばワークって?ライフって?

この問いに対する答えを持っているでしょうか?

そんなことを各人にも深く問われていく、そんな時代が到来している。

AIを凌駕?するためには「天然知能≒理念」(創造する知能?)を磨き、鍛えていく必要性を認識して今年1年向き合っていきたいと思います。

ちなみに人工知能(AIアシスト)によれば天然知能とは

般的な評価や他者の意見に依存せず、自分の中にある世界観を具現化することで、自らの存在を自ら認めることを可能とする知能

とありました!

まさに理念とは自分の中に宿るものなのでしょう!