30年!
2025年もあとわずか、思い返すと私が神戸に住みだしたのが丁度30年前のこの時期でした
その年(1995年)は阪神大震災、そして地下鉄サリン、そして今の大リーグで活躍する日本選手の先駆けになった野茂フィーバーがこの年
前職にいた当時27歳、その阪神大震災によって半壊した神戸・御影にある御屋敷レストランの再生ということで東京から赴任してきたわけです・・・赴任と言っても当時のPDS社は社長と私、そしてもうひとり新入りメンバーしかいない・・・つまり3人で営んでいた零細のベンチャー会社でしたので「じゃんけんで誰が神戸行くか?」みたいなノリだったのを記憶しています
震災が起こったその年の1月・・・東京で居も仕事もしていましたのでテレビから流れてくる映像を心配しながらもどこか遠くで起きているような事象として見ていました
が、まさかこれがきっかけになって神戸を拠点に仕事も居住もするようになり、やがて起業をして、ホテル事業を興し、今に至っていることは本当に不思議な巡りです
おそらくこの震災がなければ私が神戸を拠点にした人生になることはなかったかと思います
それはさておき、それから30年・・・ホロ社27年・・・
そう思うと長かったような短かったような・・・色々あったけどあっという間だったような・・・
振り返るとたくさんの苦楽があったわけですが、あげるとキリがないのでしませんが、この年数、また年齢を重ねると人生マラソンと例えるならば折り返し地点を過ぎてゴールに向けた30キロ地点、飛行でいえば着陸態勢、登山で言えば下山局面、競馬でいえば第三コーナーから第四コーナーへ・・・そんな感じでしょうか?
起業した頃は今の年齢の2回り以上も若い時期ですが、その時のテンションとは違っている自分を感じています(50歳を超えた頃くらいでしょうか・・・いい加減若手経営者とは言われなくなってからそのようなフェーズに入ったのかな?と朧気に思ってきました)
「経験」という血肉が積年の間で付いてきているがゆえに、当然それが少ない若い頃とは「格」(というか腰の入り方?)が違う、そのことは自分でも自覚できます
それがベテランビジネスマンならではの自信でもあります
一方それが「ドグマ」になります、これは「教義」「定説」「独断」といった意味に訳されていますが、まさに「固定(既成)概念」が自信に伴い付着していくということです
これがいわゆる「おっさん・おばはん」と軽視された言われ方に代用されたりしています
時代の変化への対応能力、柔軟性を失っていく姿勢がその根源です
つまり、経験値はクスリにもリスクにもなるということ・・・
ホロ社は創業以来「国を超えても時を経てもよしとされるモノをつくる、コトを興す」「常に新商品、新サービスを創造する」そして「時代の変化への柔軟な姿勢と時代の変化に屈しない精神」
と私自身唱え続けてきました
その精神は忘れたことがありません、
今では一般的になった「ウエディング業界」ですが、始めた当初、世の中にそのような「事業」はありましたが、「業界」と言われるような概念はありませんでした、
つまりそれまでになかった領域へのチャレンジでした
まさに「勃興期」をつくったわけです
それ以降、多くのウエディングベンチャー会社が生み出され成長産業となりました・・・が、コロナ禍前後を境目にして「衰退期」に入ってきたと言えるでしょう
これは一時的な衰退でなく、構造的、人口動態的にもかつてのような成長は見込めないと思います
成熟した産業においては、その勃興期においては私世代の経験値は、それこそ「クスリ」にもなるかもしれませんがその時期を超えてくると「リスク」にもなるとも思います
ここでも新たなリセットチャレンジが必要になりますが、それを担うのはおそらく経験値の少ないこれからの世代ということです
「業態(界)を創る」にしてもそれを確立するためには「勃興と衰退」を繰り返す、新陳代謝を繰り返すことで成熟産業として持続され、それが出来なければ消滅する・・・生物と一緒です
この新陳代謝を地道に、そして巧みに繰り返していける業・者が生き残る
セトレを始めた頃「コミュニティホテル」と概念はありませんでした
「地域資源を企画編集する」・・・そんなことを唱えるのは特殊な趣向の人しかいませんでした
今年始めた「学童ホテル」というのは、その言葉すらない・・・
そういった意味では勃興期と言えるでしょう
ホロ社は常に何かを始める会社・・・常に勃興期をつくっていく会社でありたいと思います
現在ホロ社のスタッフの平均年齢は現在33歳くらいでしょうか?
ほぼ私の子供くらいの年齢のメンバーが主流ということで、私より年配の人はほぼ?いない(起業した31歳の頃はたくさんいました💦)
私が思うに、皆さんは今、まだまだ達観する時期ではなく、経験値を積む時期です、折り返しにまでもたどり着いていないスタッフが大半です
まだ創業した頃、先輩経営者に
「20~30代は何ができるかで評価される、50歳以降になると何をしてきたかで評価される」と50代経営者の方に言われたことがあります
また「創造力は移動距離に比例する」とも
移動距離とはいわずもがな、たくさんの経験を踏むこと、たくさんの人と出会うこと、たくさんの場所に行くこと、そしてたくさんの体感をすること・・・そこから何かを企て行動する物量です
そんな社内風土、文化を築き続けることが、ホロニックが存在し続けることの意味なのだと思います!
30周年まであと3年ですが、その基盤を確固たるものにしていくための決意を持って2025年を越そうと思っています