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マンスリーレポート

2012年04月

「ホテル・旅館にブランディングが必要な訳」

 

今回のマンスリーレポートは、月刊ホテル旅館5月号(柴田書店)に掲載して頂いている内容をマンスリーレポートとしてお送りさせて頂きます。(2012年4月21日発行)
前回は消費財といったいわゆるプロダクト(製品)を題材にしてブランディングという概念を解説してきたが、果たしてホテルや旅館といった、「モノ」というよりもむしろ目に見えない空間や時間を売っている(在庫の効かない)労働集約型対面接客業、かつ(物流、流通の効かない)資本集約型装置産業にとってはどのように汎用できるものなのだろうか?
この章では筆者がホテル、ブライダル、レストラン等施設を複数経営する中で感じる「ブランディングの必要性」を考えていきたい。
最近マーケティングやブランディングに関する書籍がよく売れていることを実感するが、その根底には「モノが売れない=欲しいモノがない=モノ充足、モノ余り=供給過多」という背景があるからだろうか、
もはや「売り物にかかるコスト」はその「原材料のコスト(原価)」以上に「売るための活動コスト」がいかに重要になっている、・・・・「モノそのものの持つ機能」以上に「モノを取り巻くコト(モノづくりの背景、こだわり、物語・・・・)といった付加を高め、発信していくことが重要な要件になっていることを実感する。
WHO・WHAT・WHY
例えば、リッツカールトンのラウンジで出されるコーラ(リッツカールトンでなくてもコーラでなくてもよいが)はおおよそ1000円といったところだろうが、ホテルの外に出てすぐ数歩のところにある自動販売機では100円程度で売っている。
さらに数歩歩くとドトールやスターバックスの類の喫茶店がありそこではおおよそ500円くらいで提供されている
製品の中身は同じコーラ、つまり原価は同じである
ではこの差額900円(もしくは400円)の違いは何か・・・もちろんそこには、優雅にくつろげるインテリアに囲まれ、コーラを運んでくれる人がいて、それが注がれているグラスがあり、そこにライムやレモンが添えられている、そして気の利いた応対までしてくれる・・といった付加行動や付加品などの“原価”などがかかっている違いはある
しかし製品、つまり「モノの価値」でいえば同じ液体である(特にコーラの場合はせいぜいコカかペプシの違いくらいだろう)
決定的な違いは、リッツで出されたものか、そうでないものかの「違い=差」である
そもそもリッツでコーラを飲みに来る客は「コーラを飲むことを目的にしている」わけではない
そこで過ごす、時間であったり空間というものが付加された価値として認識しているのである。
だから、(はっきりはいえないが)、仮にコーラの炭酸が少し抜けていることがあったとしてもさほど大きな問題ではない(製品としては問題だが)、一方、その空間が騒々しかったり、サービスするスタッフの対応に不備があればその対価の感じ方に大きな問題が生じる
普通の喫茶店(500円)とリッツ(1000円)の「違い=差」も同様である
その「求める感じの違い」がリッツに支払われる「ブランド料」
「求める感じ」こそ「顧客価値」であり、「顧客が満足評価できる価値」に他ならない
リッツの顧客のニーズ(価値)は「コーラ」という製品や商品ではなくて「コーラを通じて感じるその時空間含めた心地」
逆にいえば、単に喉の潤いを持ちたい、もしくはコーラ好きな人にとってはこのリッツによって付加される「ブランド料」というのは無価値ともいえる
「顧客が誰か」によって、提供すべき価値が違う、
「顧客が誰か」(WHO)をわかっているか否かが、他の施設にはない、一歩踏み込んだサービスを提供できるかどうかを左右する。また、これをわかっていれば、不必要なサービスを見直し、限られた資源の中で、戦略的に顧客満足度を高めてゆくことができるようになる。
したがって、「顧客が誰?」を追求し続ける姿勢こそ、ホテル・旅館の経営者にとって何よりも重要なことではないだろうか。
よく現場では、「お客様のニーズを充たす」「目の前のお客様に平等に、全力で!」ということで、不特定多数、ありとあらゆる客と対峙することがサービスマンの真髄と考えるホテルマンが少なくない
従業員ならまだしも、管理職、経営者までが「ホテルはそうあるべき」と考える人も多い
しかし、そのような掛け声を上げるような経営者、経営陣がいるとすれば、それこそ真剣に「お客様のニーズ」「目の前のお客さんが誰か」が見えていない、もしくは見ようとしていない人と言っても過言ではないのではないだろうか。
顧客にとっての価値、もっといえば「私たちの顧客にとっての価値」
ここでいう「私たちの」、これがその企業や組織の理念であり、ブランド構築、つまり「その事業をやることの意義」、またそれを決定して発して浸透させていくのが経営者、マネジメント層の役割なのでないだろうか。
ビジネスホテルチェーン大手のスーパーホテルを事例にすると、スーパーホテルはサービス顧客満足度調査(サービス産業生産性協議会の調査)において09年度、10年度と2年連続ビジネスホテル部門1位、総合ランキングでも、あの帝国ホテルを抑え見事トップホテルに輝いている。
表1 出典:サービス産業生産性協議会2010年度JCSI(日本版顧客満足度指数)より
一泊5,000円程度の当ホテルが一泊50,000円もするようなホテルと比べて満足度が高いと第三者機関の調査結果を通じて評価している
これの意味するところは、まさしく「私たちの」という主語、経営用語でいえば「ターゲット顧客」が明確に違う、というか、「違えている」という経営者の戦略である。
だから言うまでもなく「私たちの顧客」、それは「5000円くらいという出張経費制限のあるビジネスマン」という顧客に対しての価値や満足は何かということで、自社のブランド価値を打ち出しているといえるであろう
かつて三波春夫の「お客様は神様です」というフレーズが大流行して、今でもそれが様々な会社の理念になったり、経営
者がこぞって使っているが、誤解があることを示すようにオフィシャルサイトではこのような但し書きがされている
三波春夫にとっての「お客様」とは、聴衆・オーディエンスのことです。客席にいらっしゃるお客様とステージに立つ演者、という形の中から生まれたフレーズです。三波が言う「お客様」は、商店や飲食店などのお客様のことではないのです。
「全てのお客様が神様」ではありません、「私のファンで舞台にお越しくださったお客様が神様」
決して不特定多数ではありません
まさにいまこそ経営戦略の中に、誰に(WHO)、そして“何を(WHAT)”、そして“なぜ(WHY)”、そして最後に戦術的な“どのように(HOW)”という順番でキーワードを積み上げること、それがブランディングの根本だと考える
コミュニティとしてのホテル
私どもが経営するホロニックでは創業以来(13年)、店舗や遊休施設の再生、その中でも企画と運営に特化してきた
時代の流れもあり「ホテル再生」のニーズも多くいくつかの運営受託を行なってきたが、数年前までその手法の多くが、コスト削減、費用の抑制、業態の合理化といった類が多かった
固定費の変動費化、人材の多能工化といったことで経営効率を高める手法だか、これには一定の限界がある
再生案件に共通している課題は表2がおおよそである
表2 出典:㈱ホロニック
これつまり初期の計画段階から“間違っていた”というものも多い
それはホテル開発そのものの課題、つまり戦略(WHOとかWHY)の不具合である、がために戦術(HOW)の施しに限界があるケースが多い
本シリーズの焦点はその部分ではないので今回はそれには言及しないが、再生事案の成功事例が少ないのは、いくら再生ファンド等の資本や資金、また債権放棄などの資金支援があっても「そもそも」の出発点(ブランド戦略=WHOとWHATの設定)の間違いということが大きな要因であることが多い
私どもの手掛けるホテルは、いわゆるコミュニティホテル
業界的にいうと、地域密着型ホテルとか、中小型版シティホテルという言われ方もするが、本来は「あり方」も、また運営における対象顧客(WHO)や商品や利用ニーズ(WHAT)の提供、いわゆる「やり方」も異なる業態であり、ビジ
ネス客や観光客も来るには来るが、そもそもそれと同じ客相手の営業、販売を続けている限り(やり方)は、そもそも競争に苛まれるだけである
目に見えない不特定多数の顧客<特定少数でよいから目に見える顧客
ここでは当社が経営する神戸郊外のセトレというスモールホテルを事例に出して紹介したい
ホテルセトレは、明石海峡大橋のたもとに位置し観光スポットの多い神戸市街地からは約20分、人口22万人と神戸市内でも3番目に人口の多い居住エリアとなっている。客室数は24室、宴会場も2室しかない小規模ホテルである
施設名:ホテルセトレ
運営 :㈱ホロニック
開業日:2005年4月
住所:神戸市垂水区海岸通11-1
運営:㈱ホロニック
敷地面積:9199㎡ 延床面積:5279㎡
施設概要:客室24・レストラン1・宴会場2・チャペル1・エステ1・ライブラリー1
このような立地や施設条件である為、顧客ターゲットはその地域の生活者に絞ることが重要である
するとこのような意見が出ることがある
「その地域に住んでいる人がなぜおたくのホテルに泊まるのか?(泊まる必要があるのか?)」
その通りである
だからこそ「泊まる必要のない人がそこに泊まる理由をつくる」という発想が求められる
少なくても、観光であってもビジネスであってもホテルに泊まる理由はそのホテルそのものが目的でないケースがほとんどである
観光であれば観光地、ビジネスであれば仕事のためにその地に来ているわけで、そこで滞在する必要があるからどこかに泊まる
どこかに泊まるなら、出来れば「駅から近い」とか「目的地に近い」とか、「極力安い」とか「出来れば安心感ある」とかといった2次的な理由である
私どものようにいわゆる泊まる理由すらない人に泊まってもらう、ましてや観光でもビジネスでもないのであれば「ニーズ」を作り出さなければいけない。
そこで「うちのホテルで過ごすこと」が目的になるような取り組みや打ち出しが必要ということだ
他施設よそとの差別化を明確にする必要があると共に、その差別化を見える状態にして打ちだしていく必要もある
その具体的な戦略や戦術については、また次回以降に紹介するとして、大事なポイントだけを押さえておきたい。
ホテルや旅館は泊まるところ・食事するところ・集まるところという本来持つ機能があり、その「ハコ」にいかに集客をしていくかに現場マネジメントは必死である
いかに宿泊客室を埋めるか!・・・稼働率、稼動単価アップ
いかにレストランの客席を回転させるか!
いかに宴会件数を増やすか!
という具合にハコに人を埋めることに日々奔走しているわけだか、それが成果やその人の評価の指標であるから当然である。
しかし経営者が経営理念の中で「ハコをまわす」という人はいないのではないか
つまり「ハコ」は手段であって、その先にある目的が何か・・・・それがブランディングの鍵ともいえる
私どもは目的を「コミュニティづくり」とした
ホテル(ハコ)=目的 コミュニティ(ヒト)=手段
ではなく
コミュニティ(ヒト)=目的 ホテル(ハコ)=手段
人と人とが繋がる、共に過ごすことが目的で、その手段、すなわち舞台装置としてホテルが存在すると定義づけた
すなわち目的、存在意義は「顧客との関係性づくり」また「顧客同士の関係づくり」である
するとそのホテルの特徴、持ち味、そこにいけば○○がある(出来る)という印象が強まる
もちろんその逆でそのニーズに合わない人は来ない・・・・
しかし、その方がはるかに健全である
小規模ホテル(旅館)、しかも都市部でない人口集積地、魅力的な観光集客地でもなければありとあらゆる人にありとあらゆるサービスを提供するのは不可能、とまでいわずとも非効率であり非合理的である。
そもそも社内リソース(ヒト・カネなどの資源)に限りがあるのである。
まとめ
ブランディングというと、第1回でも解説があったように、「顧客の頭の中にブランドエクイティ(○○といえば△△!=い・ろ・は・すといえばエコな飲料水!といった具合)を築き購買選択に影響を与える」
噛み砕いていうと、「あのホテルにいけば○○がある、(△△のような体験できる)」というイメージが瞬時に出ることで優位なポジションになる
ホテルや旅館は立地やロケーション、施設(ハード)の新旧、大小 明暗などの要素は装置産業だけにとても重要な要因であることは間違いないが、それら要素の多くは資本というハードルが左右する
それが不動産業として相通ずる「資本集約型装置産業」といわれるゆえんだろうが、一方で「人材集約型サービス産業」であり人材こそが最大で唯一の経営資源である・・・といわれている
少なからずハード面でない部分でイメージをつけていくための大きな要素が「顧客との関係性」
コミュニティホテルというと地域密着型ホテルという認識をしている人も多いが、今はコミュニティという概念も多様になっていて、地縁としてのつながりの意味合いに加え、好縁、すなわち、同じ趣味や目的などのつながりなどがソーシャルメディアを通じて広がっている
人とのつながりが、昔のようないわゆる「ベタっと」した関係性は薄れる一方で、フェイスブックやミクシィといったソーシャルメディアを活用した「ほどほど」「ゆるやかな」の関係性を築くニーズは高まっている
このような時代の流れからもこれから、「関係性を築く」「つながりをつくる」というニーズは高まり、それを満たす役割、役目が重要になってくるのではないだろうか。
今や消費財等のプロダクトにおけるブランド構築された商品もしくは企業でも顧客との関係性を築くことに余念がない。
私達のようなサービス業であればなおのことである
「お客様へ・お客様のために・・・よいサービスを施す」といった「TO」「FOR」という心構えはサービスマンの鏡とされてきたが、それは必要条件であって充分条件でなくなってくるのではないだろうか
これからはさらに踏み込んで「お客様と共に」といった「WITH」
今まではホテルでいえば商品企画や、イベント企画なども「発信」してそれが受けるかどうかが大事だったが、これからは「共に発信する」つまり「参画者」としての顧客づくりをすること
客の方ももはや「何かをしてもらう(与えてもらう)」よりも「何が自分も出来る?」という参画意識も元気な女性達を中心に芽生えてきた
表3 出典:神田 昌典 『2022-これから10年、できる人の条件』 PHP研究所
表3は事例は違うがひとりの人が何かをはじめて、それが何かに共感や共有され、周囲を巻き込み(巻き込まれながら)、共通の目的や価値観によってコミュニティ、つまり一つのサークルような活動もしくは集団が築きあがっていくケースだ。
「与えられるサービスによって得られる満足」から「参画することによって得られる満足」といく機会が求められていく時代へ向っているともいえるであろう
表4 出典:㈱ホロニック
サッカーJリーグの浦和レッズでは「チームとファン」という立場隔てた関係ではなく、サポーターという「参画者」のごとく一体化した位置づけとしての仕掛けがチームブランディングにつながっているといえる(表4参照)
これこそが「関係性づくり」であり、筆者が考える、ホテル・旅館におけるブランディングの姿である
立地やロケーション、もしくはハードは「自ブランド」になり得ない
それは事象であり物体に過ぎない、つまり「手段にすぎない」
ホテルや旅館業態における真のブランド力とは、その会社なり組織の理念であったり、「なぜそれをやるの?」というコンセプトから派生し、それが顧客からの信頼を得て、またその関係性を強固にしていく活動を繰り返すことで築きうるものではないだろうか。
「リブランド」という言葉があり、それはホテル名の付け替えとしてよく行なわれている
この現象は本来意味する「リブランド」ではなくこれは、言うならば「リ・ネーム」に過ぎない
ホテル・旅館の名前がすり替わることにより、何(WHAT)が変わるのか、なぜ(WHY)変わるのかが明快でなければ真の意味で「リブランド」とはいえない。
この“誰に、何を、なぜ”をきちんと理解した上で、コミュニティを創ること=顧客との関係性を築くことの重要性を経営者が志向し実行していくことが、いわゆるホテル・旅館における「ブランディング」なのだと考える
古今東西、信頼関係に結ばれた主人と客人であればその間に取引コストがかからない、つまり強固な関係性があれば物質的にも精神的にも負荷(コスト)がかからないのは誰しも理解出来ることであろう。
すなわち、ブランド化が進み、イメージの向上や定着から集客や販売が促進されることは元より、必要以上の販売促進費用は広告費などが不要、信頼しない(されない)ことによって生じる余計な労力(コスト)が要らない、そのことで当然付加価値(粗利)も高くなる
「ホテル・旅館のブランディング =顧客とのつながり、顧客同士をつなぐことで生まれる関係性づくり」
これは地域密着ホテルと定義されている(であろう)コミュニティホテルの特有のものではなくて、ホテル業、旅館業にとって、これからのあり方の中では特に不可欠なことであると再認識することが私含めたマネジメント層には求められて
いるのではないだろうか?
本連載では、ここまで「ホテル・旅館がブランディングに取り組むことの重要性」について、マーケターの視点、経営者の視点から述べてきた。次号からは、ホテル・旅館が具体的にブランディングをすすめてゆくための手法・ノウハウについて紹介してゆきたい。
 
【参考文献】
サービス産業生産性協議会 2010年度JCSI(日本版顧客満足度指数)レポート
http://activity.jpc-net.jp/detail/srv/activity001025/attached.pdf
三波春夫オフィシャルサイト http://www.minamiharuo.jp/profile/index2.html
浦和レッヅダイアモンス オフィシャルサイト http://www.urawa-reds.co.jp/topteam/
神田 昌典 『2022-これから10年、できる人の条件』 PHP研究所