ほんとうのことを書く練習
セトレジャーニーでインタヴューをして執筆してくださっている文筆家・土門蘭さんが表題の著書を出版されました!
これは何か指南書みたいな内容を想起させるタイトルですが、全く違います
ほんとうのこと・・・それはつまり「自分自身の内面」、言い換えると「素の自分」
それが案外?書けない・・・そんなところからこの本が始まります
そもそも自分自身もほんとうの自分が何か?どこか?を明確に言葉に出来る人は多くないのではないでしょうか?
とはいえ、子供の頃を思い出してみると「素のまま」そのままに言葉や、それを文字や絵にしていたような気がします・・・つまり「ほんとうのこと」しかなかった。
しかし、ある時から変化が出る、それが大人の階段かもしれない、その境界線が「他人から目線」
他者の反応を経験するうちに相対的に社会的に見るようになるそれがほんとうのことが書けなくなる理由のひとつということです
私も長年(もうかれこれ20年以上でしょうか・・・)、スタッフの皆さんに向けてこのマンスリーレポートを書き続けてきました
そもそもの動機はスタッフが退職してしまうことを防ぎたかったから・・・
起業した頃からしばらく数年は社員の退職などありませんでした、
今でいえば当時は、労働環境も給与も今より格段に💦よくなく、また未来への視界も不良だったと思います
しかし、辞めない・・・のは、皆が同じ釜の飯を食べる的な職場、それこそ半径3メートル以内で対話や会話が日々の日常で、同じ事態に遭遇しそれを分かち合い、解決しあう、つまり目的や目標を深く共にしていたからだと思います。
つまり、人数が少なく皆がひとつの想い(気概みたいなもの)が日夜共有できる物理的環境があったからということが、定着度が高かった大きな理由だったかと思うわけです。
しかし、いつしか、会社の成長を求めることに伴い社員も増え、事業所が増えてきたため、それが希薄になり私が想定していない事態が相次ぎました
ちなみに前職でも同様でした
創業当初は魅力的で個性強い経営者と共に事業を担っておりました
そこに魅せられて、憧れて入社してくる人材も多かったわけですが、少し経つと、皆が、「社長と自分」との間に違う同僚(私のような上司)が介在することで社長との接点が希薄になっていくことに気付き、それによって(おそらく)憧憬度が覚めて?離脱していく現象を目の当たりにして辞めていく社員が多かった。
そんな現象に対する疑問や懸念が強くありそれが私自身の問題意識にもあり創業動機の原動力にもなっていました
ひとりのカリスマ性の強い求心力で引っ張る組織よりも、多くの個性ある個が自律し組織を支えていくことを理想として目指しました(そもそも私自身にカリスマ性がない自覚があったからこその選択だったかもしれません)
だから、個と組織の有機的なつながり・・・という意味でもあるホロニックという言葉を社名にしたわけです
しかし、時が経ち組織(らしきもの)が出来てくるとそううまくいかなくなってきました!
創業当時のモチベーションでもあった「辞めない(たくない)会社」が崩壊していきました
それは自分の求心力がない(表現下手)こともさながら、半径3メートル以内での共有共感の場、つまり物理的な問題があるのでないかと思うなど試行錯誤していきました
だからせめて私の考えていることを文字で伝えていくこと、それを続けることを始めたわけです
それがキャラの立たないリーダーである私が考えつく苦し紛れの方策でもありました・・・せめて文字で伝える、つまり「書く」ことで・・・
今では日々ブログで皆さんへ毎日日記のように書き綴っています
これまで、自分ではほんとうのことを書いているつもりだったけど著書を読んで、まだ「読んでもらう」ことを意識し過ぎていることに気付きました・・・ということは(土門さん曰く)それはほんとうのことではない・・・のかもしれない、とも思いました。
それでも自分でいうのもなんですが、ずっと書いていることで、どんどんほんとうのことを書けるようになってきているとは思っています!
書いた言葉が自分の気持ちとつながっていないと、何か気持ち悪い、と思える頻度は年月と共に増しています・・・だからそういった意味では上達(成長)はしている実感はあるのです
著書には「ほんとうのことは上手な文章を凌駕する」とありました。
伝わりにくい文章は「下手な文章」なのでなく「自意識だけあって自我がない」
自我とは「私はこう伝えたい」、自意識とは「私はこう思われたい」という気持ちだとも・・・
だから私はマンスリーでは前者に傾倒したいと思っているのです・・・がなかなか伝わりにくい現実も直視しています(苦笑)
私が好きエッセイスト・山田ズーニーさんの私的名言
「考えていることを言葉に出来ないという人がいます、しかし、それは考えているのでなく感じているだけ・・・感じることを言葉にすること、それが考えているということ」
考えることで得た「言葉」を「書く」、そしてまた「感じる」そしてまた言葉にする、それを書く」
この反復で他者に伝わる、そしてつながれる・・・
ホロ社の掲げる「つながりつなぐ」というぼんやりしたコンセプトの精度を上げるにはこの反復が習慣化出来る自分(人材も)を育むことが大事かもしれない・・・
土門さんは文筆家という(ぼんやりした?)肩書で、「ほんとうのことを書く」というブレない軸の元「自分のこと」(作家業やエッセイ)と「他者のこと」(インタヴューやライター業)の両刀の仕事(というか生活)をしています
この「自分の言葉」と「他者の言葉」を行ったりきたりすることで自分(の言葉)=アイデンティティを育てることが出来ているらしい。
ちょっと例えは異なりますが、ホロ社もセトレという自社ブランドホテル(自分の言葉)を経営する一方で、コンサルや受託事業といった他社のビジネス(他者の言葉)の支援もしています
同じホテル(旅館や式場、レストランなど)のような「接客サービスの装置産業」では共通している業種だけど「言葉≒スタンス」が違うような気がする
しかし、この両刀を行ったり来たりしている自分が心地がよい、何か私自身がそんな心境で今のホロ社を経営しているような気がしています、
「つながりつなぐコミュニティ」という極めて曖昧なフレーズでホロ社は自社コンセプトを掲げています
それを実現するには
「自分がいいと思うこと」を「私もいいと思います」「みんなもいいと感じると思います」と相手に感じてもらわなければいけない
その相手と自分をつなぐものは「時代」
言い換えると「空気」・・・ちなみにAIには空気は読めませんので、あっさり言って「センス」
それが「つながるつなぐ」の要諦かもしれません
「感じる(他者に触れる)」を言葉にすることで「考える(自分と向き合う)」がしっかり出来て「ほんとうのこと」が書ける(見えてくる?)に尽きる
センスだって努力で磨ける!
ほんとうのことが書ける人になりたい、
そしてそれは奥深いし、簡単なようで簡単でない、探求を続けること、言葉や文字にする(書く)ことでで磨かれるのだと改めて思うことが出来ました!