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マンスリーレポート

2007年09月

「四十にして惑わず」

 

子曰わく、吾十有五にして学に志す、 三十にして立つ、四十にして惑わず、 五十にして天命を知る、六十にして耳順がう、 七十にして心の欲する所に従って、矩を踰えず。
(訳)先生が言われた。「私は十五歳で学問に志し、 三十になって独立した立場を持って、四十になってあれこれ迷わず、 五十になって天命をわきまえ、六十になって人のことばが素直に聞かれ、 七十になると思うままに振舞ってそれでも道を外れないようになった。」
有名な孔子の論語の一節です。
いよいよ私自身、40歳になりました。
果たして「惑わず」の10年を過ごせるか、はなはだ自信はありませんが、孔子の教えに沿って頑張ってみようかと思います。
31歳の頃、まさに「三十にして立つ」頃にホロニックを創業した訳ですが、その時にある経営者の方にこう言われました。
「長田君はまだ30代か!いいねえ~若いね~、いいか30代は、“何が出来るか”で人は判断してくれる、40代になったら“何をしてきたか”の評価になる、 だからこれから10年は思いっきり何でもやってみなさい!」
と言われその気になって、様々なことをやり続け、考え、惑い、悩み、気付いたら今になっていました。
よく最近皆さんには「目標を明確に!」「結果を想定して今を計画せよ!」「頑張りの延長に結果があるのではなくて、結果からブレイクダウンだ!」などと言っていますが、自分を振り返ると結構脈略がなく、ただ突っ走ってきたことに気付かされます。
今振りかえって自分は今まで「何をしてきたのだろうか」
少なくても皆さんに支えられホロニックという会社が世の中に存在しています。
その支えてくれている人たちが今どんどん増えています。
同じような目的、共有できる価値観の元に多くの仲間たちが集まってきて、それが組織として(足元が固まっているかどうかは別として・・)成立している。
これは素晴らしいことだと思います。
大げさでなく、それだけでも個人としては充分人冥利に尽きます。
そんな充足感の一方では、まだまだ課題感が絶えず増えていることの危機感のようなものも感じます。
というか、成長と共に新たな課題が怒涛のごとく登場してきます。
とても「四十にして惑わず」という状況になりそうもありません。
40歳を迎えて新たに、というか改めて自分に課すことを決めました。
大きくは2つの課題
ひとつは、自分自身の価値観、感性を高めるためのことに目茶苦茶積極的になろう、あらゆるコト、モノから何でも、何かでも吸収しようということです。
言い換えれば、固定概念、エゴなどとしっかり向き合い挑み続けることです。
以前のレポートに書いたのですが「企業の最大のコストは社長の頭」です。
つまり、社長は会社の先々、世の中の潮流をしっかり予測し「未来を創造していく」ことが大きな役割なのだと思います。
なので、様々なモノやコトを「見て」「聴いて」「嗅ぎわけて」「感じて」、そこから「これ!」という世界観を創り上げて、それを皆さんと共有していくことに力を入れたいと思います。
「惑わない」ために「猛勉強」しよう、「感性を磨きまくろう」と決意しました。
昔の偉人は、その辺に転がっている石ころからも何かを感じることが出来た・・そうです。
(確かニュートンに万有引力の法則も、木から林檎が落ちたそのシーンからひらめいたというではありませんか)
目の前にある、事象、出来事から何かを感じる、また何かを求めていくそんな姿勢を強めていこうかと思います。
もうひとつは、「不動心・平常心・心に余裕」を持てるような努力をすること。
とかく、物事や事態に対して特に上手くいかない時や場面があると、他への愚痴、文句、不満、怒り、嫌悪、要は「矢印を自らに向けない」、そんな自分に日々気付かされます。
「日々」ですからこれはかなりの重病です!
せめて、週に一回、半年に一回、やがてなくなってくるという具合に減らしていきたいものです。
先日ある本を読んで大変共感した一節がありました。
「受け入れなくてもいいから、受け止めること」
なんじゃ!と思うかもしれませんが・・
「受け止める」ことと「受け入れる」ことは違う
英語で言うと
「受け止める=レシーブ(receive)」
「受け入れる=アグリー(agree)アクセプト(accept)」です。
例えば、自らに降りかかった災難や困難、また不幸などを「受け入れたり」「許したり」することは難しいし、到底出来ないこともあるかと思います。
とても悪い例えなのですが・・・
私も残念ながら「こいつだけは許せない!」「こんなこと有り得ない!」とまではいきませんが、それに近いようなあまり良好な関係でない人や事象は実際ありますし、テレビを見ていて、どう
見ても極悪非道な人の報道を見て「信じられない、許せない」と思う感情は消えませんし、到底「受け入れる」ことは出来ません。
が、その起こった事態や事象、またはその背景によっては「受け止める」ことが出来るかもしれない。
例えば犯罪者でも、幼少の頃の非情な体験などがあったとか、不正をした企業や政治家の後ろには同情に値するようことが隠されていたなどの背景を知ることによってその事態をいささかでも「受け止める」ことは出来そうな気がします。
まずは「受け止め」てみること
ここに努力をしていきたいと思うのです。
この2つの課題は、ひいては自分自身の「容量」「器量」を高めることです。
「価値観=モノサシ」を大きくすることです。
よく「社長の器以上に会社は大きくならない」と言われます。
これをそのまま真に受ける訳ではありませんが、少なくても社長が成長していない会社に将来や希望が見えないのは事実です。
社長がボンクラで魅力がなければ、その会社に良い人材が来るわけもなく、当然育つわけありません。
そして良い人材がいない会社に夢はありません。
社長から順番に幹部、管理職といった順に「器量」「容量」を大きく、深く持つようにならなければ組織の発展はないと思います。
素晴らしい人柄の人、その親が素晴らしいとは限らないそうです。
ダメな親の反面教師で素晴らしい人柄に育つケースはあるそうです。
しかし、ダメな人、その親で素晴らしい親はいないそうです。
「ダメな人には、やはりダメな親」、これが定説だそうです。
結論としては「子供を心配する親は多いけども、そんな必要はなくて、自分の素行や人格形成をしっかり行っておれば子供は心配しなくても大丈夫だから、子を心配する前に自分をなんとかせよ」と極端なことを言っている人がいました。
会社で親、子というのもないですが、結局、社長や幹部がしっかりすることが、社員が成長する最大で最速のパターンなのだと思います。
だからこそ、私自身が皆さんにコミットメント(約束)せねばなりません。
皆さんに認められる経営者になることで、この会社の発展が大きく変わるのだと思います。
皆さんの人生を充実したものにしたい、そう心から思い、それを実現していくためには「自分を律する」ところから始まるのだと思います。
自分自身の矢印を向ける
そこに「惑わず!」
40代の人生を歩んで生きたいと決意する次第です。
 
長田 一郎